信頼できる大阪のマンション管理士事務所

マンション管理士事務所JU

今後の大規模修繕工事等の請負契約について(4)

 
 「今後の大規模修繕工事等の請負契約について」の最後の回です。
 前回お伝えしましたように、第30条と第31条、発注者及び受注者の中止権と解除権にかかわる規定を今回見ていきたいと思います。
 旧約款では、
第30条(発注者の中止権、解除権)と第31条(受注者の中止権、解除権)の2つでしたが、
 新約款では、
第30条(発注者の任意の中止権及び解除権)
第30条の2(発注者の中止権及び催告による解除権)
第30条の3(発注者の催告によらない解除権)
第30条の4(発注者の責めに帰すべき事由による場合の解除の制限)
第31条(受注者の中止権)
第31条の2(受注者の催告による解除権)
第31条の3(受注者の催告によらない解除権)
第31条の4(受注者の責めに帰すべき事由による場合の解除の制限)
と、発注者及び受注者の解除権の発動を、幾つかのパターン毎に別けて規定しています。

 まず発注者(管理組合様)の方から見てみますと、発注者は、工事が完成するまでは、①受注者に損害賠償すればいつでも書面で工事の中止又は解除を通知できることが新たに明記されました。そして、②催告をしても履行がなければ解除できる場合と、③催告なしに直ちに解除できる場合と分けて規定されており、催告なしに直ちに解除できる場合には、主に次の条件が追加されています。
・引き渡されたこの契約の目的物に契約不適合がある場合において、工事をすべてやり直さなければ、この契約の目的を達成することができないものであるとき。
・受注者がこの契約の目的物の完成の債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
・この契約の目的物の性質や当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行しなければこの契約をした目的を達成することができない場合において、受注者が履行をしないでその時期を経過したとき。
 次に、受注者の方を見てみますと、受注者は発注者のように任意に中止することや解除することはできませんので、①書面の通知で中止ができる場合と、②催告をしても履行がなければ解除できる場合と、③催告なしに直ちに解除できる場合とに分けています。そして、ここで重要なポイントが2つあると思います。
 1つは、書面の通知で中止ができる場合の条件に、「不可抗力のため、受注者が施工できないとき。」が追加されたことです。その他にも以前と同じ条件がありますが、これらは、相当の期間を定めて催告してもなお解消されないときに限られています。しかし、「不可抗力のため、受注者が施工できないとき。」は、催告の必要がなく、書面の通知だけで中止できることになっています。台風などで施工出来なければ当然に工事を中止することになると思いますが、受注者が施工出来るか出来ないかは受注者の判断なのか発注者の判断なのかが、曖昧なままです。たぶん、発注者と受注者の協議のうえで判断されるとは思いますが。
 もう1つは、工事の中止期間が工期の1/4以上になったとき又は2カ月以上になったときには、受注者は、発注者に書面で通知すれば契約を解除することができるという以前の内容に、「直ちに」が何故か追加されています。この「直ちに」が非常に気になるところです。
 「すぐに」の意味で、「速やかに」、「遅滞なく」、「直ちに」の言葉が使われますが、「直ちに」は「少しも時間をおかずすぐに」、「速やかに」は「できるだけ早く」、「遅滞なく」は「とどこおることなく」の意味で使われ、「直ちに」は一番即時性が高く、強制力の強い言葉になります。ですから、この「直ちに」は「発注者と受注者とが協議することもなく」とも読めないこともありません。
 7月に入ってから新型コロナウイルスの第2次感染が拡大する兆しがあります。それにより万が一大規模修繕工事が一時中止を余儀なくされた場合、もし中止期間が工期の1/4以上又は2カ月以上になれば、受注者は発注者に書面で通知すれば契約を解除することが出来てしまうということになりますので、契約前には、この条文については事前に協議をしておく必要があると思われます。なお、解除された場合には、旧約款では発注者と受注者が協議して清算することになっていましたが、新約款では「発注者が受ける利益の割合に応じて受注者に請負代金を支払わなければならない。」に変更されています。

 新約款の変更点と追加点を見てきましたが、この「約款」自体が、今回の民法の改正で見直されました。
 約款の特徴は、次の3つです。
①多数の人と契約すること(利用者がとても多い)
②定式化されていること(最初から決まっていて変わらない)
③利用者はあまり読まないこと
つまり、一律に多くの人と契約できるようにすることによって、利用者も提供者も時間と手間を節約するシステムが約款です。しかし、民法の原則では契約の当事者が契約の内容を認識していなければ契約に拘束されないこととなっています。ところが、ほとんどの人は、ネットで買い物したりSNSを利用する際に、約款を全て読まずに「同意」ボタンを押していると思います。約款取引では、内容を知らなくても理解していなくても契約が成立してしまっているのです。今更、約款を読んでおらず内容を知らないから意思の合致がなく、この契約は無効である、約款の拘束力に法的根拠がないと言われても、サービス提供者は非常に困ります。そこで、今回の民法改正では、「定型約款」という概念が導入されました。「定型約款」は次のように定義されています。

<民法548条の2>
1.定型取引(ある特定の物が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。以下同じ。)を行うことの合意(次条において「定型取引合意」という。)をした者は、次に掲げる場合には、定型約款(定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう。以下同じ。)の個別の条項についても合意をしたものとみなす。
一 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。
二 定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。)があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。
2.前項の規定にかかわらず、同項の上項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第1条第2項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。

 ①契約の内容とする旨の合意、②あらかじめの表示、があれば「定型約款」として法的根拠があるものとして認めることとし、約款を用いた取引の法的安定性を確保するために「定型約款」に関する規定が設けられました。
 マンション修繕工事請負契約約款が「定型約款」に該当するかどうかは、専門家ではありませんので分かりませんが、「定型約款」に該当するかどうかにかかわらず、管理組合様は約款に目を通して内容を確認しておくべきだと思います。施工業者が契約の際に自主的に約款の説明を行っていた事は一度も見たことがありません。契約書に掲載されている工期や工事費などの必要最低限の項目を管理組合様と協議して、工事仕様書と内容が説明されていない約款をセットしたものを1冊にした本契約書に、管理組合の管理者(理事長)に署名押印してもらっているだけです。民法改正における国会答弁の際にある弁護士の方が、「事業者には、定型約款の重要部分に関する信義則上の説明義務があります。」と言っておりますので、施工業者には、マンション修繕工事請負契約約款の重要な箇所を必ず管理組合様に説明していただきたいと思います。
 また、管理組合様も、施工業者から説明がなければ、今回見てきました「契約不適合」や「発注者及び受注者の中止権と解除権」などの重要な箇所だけでも説明を求めて下さい。そして、変更してもらいたいことがあれば、契約書の「その他」(特記事項等があればこの欄に記入する)に、記載してもらうようにして下さい。

 今年のような新型コロナウイルスのような予期せぬ事態や、ますます巨大化する自然災害により、工事が長期間にわたって中止せざるを得ない状況が発生するおそれが、今後は大いにあり得ますので、契約書にセットされるマンション修繕工事請負契約約款に必ず目を通して内容を確認していただければと思います。

今後の大規模修繕工事等の請負契約について(1)
今後の大規模修繕工事等の請負契約について(2)
今後の大規模修繕工事等の請負契約について(3)

ページトップ